皆さんは、鍋立山という地名を知っているだろうか。
鍋立山とは、新潟県十日町市に位置する低い山なのであるが、その山を貫くように、全長9,117メートルの鉄道用トンネルが掘られている。
以下にwikipediaの一節を引用しよう。
日本有数の地すべり地帯に存在する特殊な膨張性地山を貫くトンネルであり、地圧は異常に高く地質は脆く、しかもたびたびメタンガスが噴出するという過酷な状況であった。特に中工区はそうした地層が複雑に入り組んでおり、中には1㎥あたり21tもの土砂が詰まっている様な場所も存在するという、これはトンネル技術者にとってもとんでもない山であり、「豆腐の山にトンネルを通す様なもの」とさえ喩えられた。
「豆腐の山にトンネルを通すようなもの」。
如何にこの工事が難しいものであったか、充分に窺い知ることが出来る。
鍋立山トンネルの工事は、途中の休工期間を含めると実に開通までに21年を要している。
現在、北越急行ほくほく線がこのトンネルを走っており、その時速は最高140キロ。
国内狭軌鉄道では最高速の運行となっている。
長大トンネルは国内にもいくつかあり、その代表と言えば青函トンネルが有名だ。
全長は50キロを越える。
言うまでもなく、青森と北海道の間、津軽海峡を海底トンネルで結ぶという壮大なものだ。
青函トンネルが存在する前、青森と北海道の間には青函連絡船という国鉄の船が就航していた。
昭和29年、通称洞爺丸台風と言われる猛烈な台風により、北海道函館港を出港してすぐのところで運行が不可能になり、投錨するも猛烈な波と風により走錨するに至り、やがては座礁したまま横波を船体にまともに受け、転覆した。
この事故での死者は記録に残っているだけで1139人。
当時、タイタニック号に次ぐ、世界第2位の犠牲者を出す、未曾有の大惨事だった。
青函トンネルは、この事故を受けて計画、着工されるに至る。
青函トンネルの工事は難工事として知られる。
出水や落盤で多くの犠牲者を出した。
一方、新潟県の鍋立山トンネルは、規模でこそ青函トンネルに遠く及ばないが、その難工事ぶりは世界的にも有名だという。
以下のページを参照して欲しい。



