2008年7月アーカイブ

世の中に、「不思議だ」って思うことって、実はそんなに多くない。

たとえば、UFO。
偽造の写真やら、ねつ造された目撃談やら、或いは誘拐されただの云々。
なんとまあ、いつもきまって同じ人の所にUFOが現れてくれるものだと呆れてしまうことしきり。

最近、主に東北地方で地震が頻発しているけれど、予知に成功していたという話もあるそうな。

日本の科学技術力と優秀な頭脳を結集しても失敗続きの地震予知を、アマチュア地震研究家が予知していたそうな。

もし、本当ならとてもうれしいことであるが、今日の話題はそっちの「フシギ話」ではないところで。

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7月11日、ついに世界的なブームになった「iPhone」の3G版が、日本で発売開始となった。
ソフトバンク表参道には、数日前から購入希望者が列を作り、人気の高さを改めて見せつけた。

しかしながらこのiPhone、高性能タッチパネルの新規UIを備えた以外、機能的に特に優れた面を持っているかといえば、そうでもない。

日本の携帯電話市場は、独自の生態系をもつ、ガラパゴス諸島に例えて、「日本の携帯電話市場は世界のガラパゴス」と言われてきた。
ドコモの「iモード」や2G時代のPDC方式に代表されるように、キャリア主導のインフラやサービスを、あくまで「閉じた環境」で実現してきた。

様々なコンテンツやアプリケーションはキャリアのサービスにことごとく紐付けされ、他社の携帯端末からは使用できないようになっている。

各社メーカーから供給される端末は、メーカーから示される仕様に基づき設計され、同じメーカーから発売されている端末にも関わらず、キャリアを一社限定ありきで販売されているため、
「端末を買い求めて、それからキャリアを選ぶ」という芸当は日本では不可能だ。

日本には、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクモバイルという3大キャリアが存在するが、当然それらの間に互換性はなく、端末も独自仕様になっている。
だから、キャリアを乗り換えようとすれば、端末も買い替えなければならない。

しかし、だからこその副産物と言えなくもないのが、端末とインフラの高性能化だ。

海外では、携帯電話に求められるものは、せいぜい通話における信頼性とメールなどの少量のデータ通信、あとは簡易的なデジタルカメラ機能程度のもので、端末を選ぶ基準も、Bluetoothなどの若干の付加価値やデザインに重きを置かれる。

そんな市場に「Apple」という巨人が、抜群の宣伝力と高級感あふれる質感とフォルム、独自UIによる斬新さを引っさげて、市場に乗り込んできたものだから、ブームになるのは当然といえば当然と言えるかもしれない。

日本でも行列ができてはいるが、端末のスペックや可能性を見る限り、目の肥えた日本人の間で、これがスタンダードになってゆくのかと考えると、どうしてもそうは思えない。

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緊急地震速報が、携帯電話に配信されるサービスが始まっている。
幸いなことに、近くで大きな地震は発生していないので、まだ実際のメールを受け取ったことがないけれど、パソコンでも試験的ながら同様のサービスを利用できるフリーソフトが存在する。

緊急地震速報 配信試験(オープンβ) 臨時サイト

NHKラジオの音声を自動認識して、パソコンの画面上に速報を出す仕組みだ。

考えてみれば、テレビに流れる地震速報のテロップも、私が子供の頃に比べるとずいぶんと出るのが早くなった。
昔は地震を感じてから、テレビをつけて10分くらい待たないと、各地の震度は確認できなかった。
今では、ほとんど同時といってもいいくらいのタイミング。

緊急地震速報というのは、正確に言うと「予知」ではない。
地震が発生すると、地面や岩盤を伝わって「P波」(縦波)と、「S波」(横波)が拡散してゆく。
我々が感じる「揺れ」は、このうちの「S波」の方が多く、「P波」は比較的小さな揺れだ。

この「P波」と「S波」、地面を伝わってゆく速度が違う(P波の方が早く伝わり、S波の方が遅く伝播する)ため、「P波」を検出したとほぼ同時に速報を流せば、「S波」が到着する前に地震に備えることができる、という論理を用いている。
この方法で、実は新幹線の地震対策も行われていて、「P波」を検出したとほぼ同時に新幹線の送電を停止し、緊急ブレーキをかける仕組みを、すでに運用中だ。

ただし、これには欠点があって、いわゆる直下型地震にはほとんど効果がない。

直下型地震は、一般に震源地に近い地域で発生する地震のことだ。
その揺れは規模にもよるが、古い木造家屋などあっという間に潰してしまうほどの威力を持つ。

なぜ、この速報が直下型に使えないのかといえば、もうお分かりだと思うが、「P波」と「S波」がほぼ同時に到着してしまうため。
震源地が近ければ当然のことだ。
新潟県中越地震でも、新幹線が脱線したが、あのときも直下型だったために結果脱線という事態になった。

日本という国は、この狭い国土の中に幾重にも断層が折り重なり、今尚その地殻変動は活発に続いている。
東海地震に結びつくような、いくつか監視されている断層もあるものの、まだ発見されていない未知の断層も数多くあるとされ、日本にいれば地震は避けることができないとさえいわれている。
まさに日本人が考え出した苦肉の策が、この緊急地震速報なのだ。

ちなみに、上記のソフトウェアを会社のパソコンにインストールしていたのだが、8日の夕方に発生した沖縄の地震で、早速速報が流れた。
エリア限定で速報を流しているわけではないので、日本全国どこに地震が発生しても速報は流れるのだが、いざ速報が流れると、かなり不安になるものだ。

周りの人間が普通通りの業務を行っている中で、私一人だけ、もうすぐやってくるかもしれぬ大きな揺れに備えて机にしがみつく。
今はまだ滑稽にしか見えないが、近い将来、防災の一助となることだろう。

秋葉原の事件以降、愉快犯による脅迫電話事件の発生やナイフによる殺傷事件が相次いでいる。何とも悩ましい事態だ。

捕まった犯人たち。
彼らが取調べで自供する動機は、主に次のようなものが多い。

「むしゃくしゃしてやった」
「誰でもよかった」
「世間に自分の存在を分からせたかった」

推理小説などを読むと、本の中で演じる犯人が犯行に及ぶ動機は、もっと重いものが多い。

それらは「身内や恋人を殺された復讐」であったり、或いは「自分の身分や地位を守るため」であったり、「カネのため」だったり。

中にはとても身勝手な動機を持つものもいる。
まあ、そもそもそれらの多くは架空の世界の話なのだけれども。

しかし、最近のテレビをにぎわす凶悪事件は、加害者と被害者の間に接点がない場合がほとんどだ。秋葉原の事件はその象徴的なものということになるかもしれない。

多くの犯罪者の犯行動機を聞くと、とても稚拙なものに聞こえる。
おそらく多くの国民も同じ感想を抱いているのではないだろうか。

だが。
彼らの口から語られる動機について、本当に「稚拙」で片づけて、「犯罪の取り締まりを強化する」ということだけで解決するものなのだろうか。

最近では、池田小事件の宅間守のように、自殺願望の強い人間が、死刑になる目的で犯行に及んだことは記憶に新しい。

自殺願望。
死刑目的の無差別殺人。
自殺願望からなぜ無差別殺人に結び付くのか。

人は心に闇を持っているという。
そりゃあ誰にもあるだろう。本当は悩みを誰かと共有することを望んでいるにも関わらず、嘲笑や冷笑されることを恐れ滅多なことでは悩みを打ち明けない。
そして人は孤独を感じ、心を閉ざしてゆく。

悲しいことである。

しかし、彼らの自供の内容を見ていると、実は彼らが心を閉ざす理由の一つに、
「相手に心を伝える方法が分からないのではないだろうか」
という疑問が湧くことがある。

悩み苦しみ、愛されたという実感をもったことのない人間が、自分の悩みを他人に打ち明ける術を知らない。
これが鬱積して陰惨な犯行にエスカレートしているのではないだろうか。
そんなことを、最近思う。

悩みを他人と共有する。
これは実に難しいことだ。
まず相手のことが信用できる人間でなければ、自分の心の中の醜い部分など打ち明けることなどできないし、結果孤独になってますます自分の心の殻に閉じこもり、悩みを自己完結してしまうようになる。

私は思う。
日本人の学力低下、凶悪犯罪の稚拙化と犯罪者の低年齢化。
これらは密接に関わっているような気がする。

日本は、世界的に見ても治安の特別いい国だ。
国民はその大多数がボケるほど平和というものが当たり前だと思っていて、民族や人種、宗教間の対立なども皆無と言っていい。
それは「国民性」とひと括りで語れば簡単だが、実は古くから日本人は実に巧みに他人同士のコミュニケーションをとってきた。

頑張ろうと思っている人間がいれば、「思いやり」の心をもって「励まし」、辛いと思っている人間がいれば、「思いやり」の心をもって「慰め」、疲れたと思っている人間がいれば、「思いやり」の心を持って「癒す」。

「思いやり」。

日本語には実に多彩な表現方法がある。
欧米のように「Yes」or「No」で自己主張するばかりではなく、言葉を受け取った相手の気持ちを考えて言葉を発する文化があった。
「こんなことを言えば、相手はどう思うだろう」
「こんなことを言えば、相手は傷つくだろうか」
「こんなことを言えば、相手が喜ぶだろうか」

そんなことを考えて、時と場合で言葉を選べるほど、日本の言葉は実に懐が深い。

「薔薇は薔薇の悲しみのため花となり、蒼き枝葉の陰に悩める」

昨今の犯罪加害者の供述を聞く限り、恐らく自分の言葉を誰かに伝えることができなかった、共有することができなかった、ということが直接の犯行動機になっているとしか思えないのだ。

人は人に相手にされなければひねくれたくもなり、どんどん孤独になる。
日本の国語教育は、本当に自分の気持ちや信念を、相手に伝える術を教えられているだろうか。

有名な作家の随筆や小説を教科書に載せ、テストでは文章の一部分を切り取って、その時の著者の気持ちを4択で選ばせる。
しかし、誰も著者の気持ちなど、わかりっこないのだ。
それは著者に対する無礼千万な行為だと、私は小学校の時に強く感じた。

外国の言葉を簡単にカタカナにして自分の国の言語に取り込み、独特のリズムでわずか五七五の17文字ですべてを表現してしまう、この国の言葉。
これは日本の財産であったはずだ。

私もこうやって今、ブログを書いているが、自分の国の言葉で、自分の気持ちを素直に表現できるということは素晴らしい。
素晴らしい、この国の言葉を使って。

今、教育に必要なのは、この国のコトバの見直しと、尊敬の念なのかもしれないと、テレビを見ながらふと思った。

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Chabo Papa Profile


1975年7月東京でデビュー。小学校の頃から一人で放浪する癖があり、電車を子供料金で乗り継いでは運転士さんと知り合いになったりしていた過去を持つ。写真家を目指したり、音楽の道に入り込んだり、挙げ句の果てにはIT業界に浸食して道を誤り、今は30年住み慣れた東京を離れ、福井で生活している変わり者。ちなみに今でも乗り物好きのデジタルアイテム好き犬好き旅好きの自称ITエンジニア。

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