世の中に、「不思議だ」って思うことって、実はそんなに多くない。
たとえば、UFO。
偽造の写真やら、ねつ造された目撃談やら、或いは誘拐されただの云々。
なんとまあ、いつもきまって同じ人の所にUFOが現れてくれるものだと呆れてしまうことしきり。
最近、主に東北地方で地震が頻発しているけれど、予知に成功していたという話もあるそうな。
日本の科学技術力と優秀な頭脳を結集しても失敗続きの地震予知を、アマチュア地震研究家が予知していたそうな。
もし、本当ならとてもうれしいことであるが、今日の話題はそっちの「フシギ話」ではないところで。
生きていて、本当に偶然じゃないかとしか思えないことに遭遇することってある。
良い偶然の代表は、例えば、
たまたま行ったスーパーで、特売の卵の最後のひとパックをゲットできたときとか、
たまたまテレビをつけたら、大好きな映画をやっていたとか、
たまたまお腹が痛くなって、駅のトイレに入ったら、いつも混んでいるのにそのときだけ空いていたとか。
逆に悪い偶然というのもある。
たまたま行ったスーパーで、どうしても食べたい寿司ネタだけ、売り切れだったときとか、
たまたまテレビをつけたら、NHKは特に興味もない相撲の中継をやっていて、ほかの民放も大嫌いなお笑いタレントの番組しかやっていないときとか、
たまたまお腹が痛くなって、駅のトイレに駆け込んだら個室は生憎いっぱいで、やっと空いたと思って用を足して、紙がないのに気づいた時とか。
運が良いとか悪いとか、理由はなくてもこういうことは不思議と続いたりするものだし、明らかに良いこと続きの日と、悪いことばかりの日があるのもまた不思議なものだ。
古来から、人間はこの「不思議なこと」に対して、挑戦し続けてきた。
鳥はなぜ空を飛べるんだろう。
人はなぜ病にかかるんだろう。
地面はなぜ揺れるんだろう。
人類は飛行機という工作物を作って空を飛ぶことを可能にし、病の原因であるウイルスやガン細胞を解明して予防や治療を可能にし、いまや地震を予知しようとしている。
しかし。
今更言うことではないかもしれないけれど、人間は神ではないから、絶対はあり得ない。
飛行機だって整備や操縦を怠れば重力に従って墜落し、薬や手術でも治せない病があり、地震だっていつどこで起きるかわからない以上、予知するなんて至難の業。
人間がかかわっている以上、そこに失敗はつきものだし、当然科学も万能じゃない。
重要なのは、人間は「それほどの存在だ」ということを、きちんと弁えることだ。
北九州に太宰府天満宮という、菅原道真ゆかりの天神様がある。
ここに樹齢1000年を超えるとされている巨大な白梅の木がある。
これは、菅原道真の京都の邸宅に植えていたものが、大宰府に左遷されたあと、一夜にして太宰府まで飛んで行って根付いた、という伝説の梅の木だ。
「東風吹かば にほひおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ」
伝説だから、科学では解明するすべはないけれど、
不思議なことにも、そっと不思議のままにしておいたほうがいいものもある。
それが人間の豊かさであり、日本人としての奥ゆかしさでもある。




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