あまり、政治ネタをブログにしたくはないけれど、民主に政権交代なんて考えるとゾッとするので、書いてみることにした。
いずれ、総選挙は近く実施されるだろうけれど、世論調査をすれば、民主と自民、支持率は拮抗しているらしい。
民主党に投票すると答えた人の理由をみると、
「民主党が成熟しているとはおもなわないが、自民党の腐敗は目に余るので、政権交代させて活性化させたい」
とか、
「とりあえずやらせてみれば、何か変わってくれるかもしれない。ダメならまた交代させればいいんだし」
というような意見が目立つ。
だれの目に見ても、民主党はただ相手を批判して、対案すら示せない政党なのだから、国民の民主党への評価は総じて低いものなのだが、野党第一党の名のもとに、汚れた自民党、リーダーシップを発揮できない自民党と比較されて、一縷の脚光を浴びているかに見える。
だがこの意見、あまりに幼稚な意見に見えてならない。
予算審議にしても、各種法案の審議にしても、その根拠となる「財源」がなくては、所詮「絵に描いた餅」であるし、反対するなら反対するで、対案を出さなければ審議にならない。
ただ「反対、反対」と駄々っ子のように喚いたところで、自民党とて議論の仕様がないのは明白な事実なのだ。
にもかかわらず、政権交代させたいという。
限られた財源の中で、どのように予算を組むか。
新たに必要となった支出に対して、財源をどうやり繰りするか。
この基本的な考え方が、民主党には決定的に欠如しているにもかかわらず、政権交代を望むなど、国民の意識レベルの低さもはなはだしいと思わざるを得ない。
また、組閣直後の騒々しい辞任劇にも「?」が付きまとう。
組閣した瞬間に、閣僚の旧悪暴露が始まり、言葉狩りが始められる。
まるで「どこからかよからぬ力が働いている」といわんばかりに。
どれもこれも、あまりに野党に都合のよい事件ばかりだ。
昨日の所信表明演説を聞き、麻生太郎を評価するにはいまだ材料が不足している現状であるが、少なくとも政局を第一義として審議を最優先で推し進めること、それを遂行しないは国民への責任不履行であること、そして自らその陣頭指揮を執ることということを明言したことは一定の評価を下してもよいと思う。
そして、民主党への批判はまったくもってその通りと頷かざるを得ない。
諸外国の「二大政党制」は、各種法案や審議の内容によって、「反対」「賛成」「協力」と使い分けており、審議が滞ることが国民にとってどれほど有害なことかを端的に示している。
しかし日本では、政権を取ることに腐心し、自民党のあらさがしばかりで「責任追及」の大義名分のもとに国会を空転させ、まるで自らが正義の味方と言わんばかりに息巻いているが、「国会の正常な運営」という「責任」を自ら放棄しているのはほかでもない、民主党のほうだ。
あまりいい例ではないが、極端な話、何年も前の旧悪を追及したところで、政府が対応できるのは、閣僚のクビを挿げ替えることくらいだ。国民生活の向上には到底結びつくものではない。
たいして、その代償となる「国会の空転」は、されるべき審議がされないのであるから、当然国民生活に直撃する。
国民の税金である政治家の給料を、自らドブに捨てているようなものだ。
もし、民主党が政権を取ってしまったら、この国の政治はたちまち立ち行かなくなる。
前段の「民主党へ投票する」と言っていた国民諸氏は、このことを十分に理解しているだろうか。
心配されるところである。
杞憂に終わってくれるといいが。



