水のふしぎを考える

湯水の如く、などという慣用句がこの日本では未だによく使われる。

水などというものは、瑞穂の国ニッポンでは当たり前のようにわれわれの住むごく近くの所に存在し、干ばつなど特殊な時を除いて、手に入れることは比較的容易であった。

水の惑星といわれるこの地球上に存在する水の量は、約13憶8000万立方キロメートル。
一辺1キロの枡で、13億8000万杯分だ。
天文学的数字になるので、どうも迂生凡人には想像の範囲を超えるが、仮に地球上をすべて平らに均して、そこに水を湛えるとすると、厚さ2.7キロメートルの水の層ができるという。

しかし、その水のうち、97.5%は海水であり、飲用には用い得ない。
残り2.5%のうち、1.75%は極地などの氷であり、残った分から、地中奥深くに存在する手の届かない地下水などを差し引くと、人間が手にできる淡水は、せいぜい465万立方キロメートルなのだそうだ。

これが多いのか、少ないのか私にはわからないが、「水の惑星」と云われるこの星で、実際に人間たちが利用できる水は決して多くはないということだけはなんとなくわかる。

大陸に多く見られるような、砂漠地帯などでは、ほとんど雨は期待できず、アフリカ地方では清潔な水が確保できないために、数多くの子供たちが早々に死んでゆく。

その点、日本は恵まれている。
普段は生活するのに散々悪態をつくばかりの山だらけのこの急峻な地形のお陰で、適度に日本中で雨が降り、幾筋もの川が流れ、生命を脅かすほどの水飢饉が発生することはまずない。
毎年水不足と騒がれる地方でも、台風がひと雨降らせてくれればすぐに解消である。

ところで、河川の話をすると、連想するものの一つに「ダム」があるだろう。

何年か前にどこかの知事が、「もうダムは造らない」と宣言したことがあったのは記憶に新しい。
「これ以上の自然破壊によってかけがえのない自然にメスを入れ続けることは、子孫に残すべき貴重な財産を失うことに等しい」というような宣言文を聞いたことがあるが、果たしてこれは正しいのだろうか。

そもそも、自然とは何だろう。
日本の原風景というのは、山村を切り開いて集落を作り、農業で生計を立てる人々の風景である。
私たち日本人にとっての「自然風景」というのは、こういった風景に結びつきやすい。

だが、日本列島はもともとユーラシアプレートに太平洋プレートが沈み込んでできた造山地形であり、その造山活動は今でも続いている。日本各地に無数の断層が走り、年々かごとに震度6クラスの地震が発生するのはその証拠である。

氷河期には中国大陸と地続きであったが、極地の氷が解けて、日本海が出現した。
今から何万年も前の出来事だ。

そんな狭隘な国土の中で、たくさんの人間が暮らす。
まず必要になったのは、山野を切り開き、平坦に均して自給自足の生活を確保することだ。
今でも俗に「田舎」と呼ばれる地方の山村では、見渡す限りの田んぼが広がる。
しかし、その「心休まる古里」の実態は、毎年山ほどの化学肥料と農薬がまかれる、汚染地帯でもある。

そのおかげで、川や地下水は汚染され、そこに住む生物も居場所を失うか、限られた箇所に追いやられる。
これが農村の実態であり、水質汚濁は何も工業地帯だけの特色ではない。

農業というのは、人間が手に入れた最初の、そして最大の自然破壊行為なのだ。

ダムの話に戻ろう。
現在この日本列島には、約1億3000万人の人々が暮らし、高度な生活レベルを維持している。
水道などというものは、蛇口をひねって出てきた水を、そのまま飲める国のほうが世界的には珍しく、その恩恵を受けているものが、自分の家に通っている水道管がどこにつながっているのかすら忘れて、「脱ダム」を声高らかに宣言する。
首都圏の「水がめ」は言うまでもなく利根川水系のダムであるし、山手線は信濃川の水力発電で動いている。
これを矛盾と感じずに、何と言うべきか。

確かに、公共工事ありきの無用な自然破壊はいけない。
特に周辺環境や景観との調和や、インパクトを常に考慮しながら事業を進めてゆかなくてはならない時代になっている。
しかし、すべての工事が悪なはずがなく、必要なものも確かにあるのであって、ある程度の人間が安全に暮らすためには、人間が自然環境に手を入れることは、十分に必要なことなのだと私は思っている。

ところで、水はとても不思議な物質である。
たとえば風呂の湯船で、浴槽の下のほうが温度が低く、上のほうが温度が高い、という経験をしたことがないだろうか。
水も空気と一緒で、温度が高いほうが比重が軽く、冷たいほうが重いという特性がある。
ところが、温度が下がり、摂氏4℃になると、その比重が逆転する。
摂氏4℃以下では温度が低いほうが比重が軽くなる。
そのおかげで、氷は水に浮く。

人間は、この水の特性のお陰で、生きてこれた。
もし、4℃での比重の逆転がなければ、冬になれば寒冷地の湖や川は底から凍りつき、魚は全滅してしまう。

いま、水は商品になり、輸出されて地域によっては、重要な産業にもなっている。
水には困ったことがない日本人も、「おいしい水」を求めて喜んでペットボトルの水を買っている。

水とはつくづく不思議である。

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1975年7月東京でデビュー。小学校の頃から一人で放浪する癖があり、電車を子供料金で乗り継いでは運転士さんと知り合いになったりしていた過去を持つ。写真家を目指したり、音楽の道に入り込んだり、挙げ句の果てにはIT業界に浸食して道を誤り、今は30年住み慣れた東京を離れ、福井で生活している変わり者。ちなみに今でも乗り物好きのデジタルアイテム好き犬好き旅好きの自称ITエンジニア。

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このページは、ちゃぼpapaが2009年1月19日 15:02に書いたブログ記事です。

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