ひとりごとの最近のブログ記事

裁判員制度が開始されて、暫く経つ。そのうち、極刑を裁判員が下す時も来るのだろう。
だが、裁判員制度については、私は否定的だ。

裁判員制度の導入にあたって、国は「一般市民の感覚を裁判に取り入れる」といった趣旨の説明をしたのは記憶に新しい。

だが、この論理には一番重要なモノが欠けている。
それはこの国の将来をどのような姿にしたいのかという「思想」であり、「哲学」だ。

「法」というのは、実に重い。いや、重くなければならない。なぜなら法治国家としてあらゆるものに優先され、尊重されるべきものが「法」であるからだ。
「法」を軽んじられるようであれば、当然ながら法治国家は成り立たず、即ち民主主義国家も成り立たない。

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今年は島田紳助でしたが、ひどかったですね~。
紳助の傲慢さ加減もついにここまで来たか、という感じですね。

自分の気に入った取り巻き連中ばかり集めて「ファミリー」とかいってみたり。
その連中も紳介のおこぼれに何とかありつこうという、見ていてほんとに嫌になるヨイショばかりでした。

三輪車レースは意味がそもそも不明だし、何であれで泣けるのかも解らないし、地方のレポーターもアマチュアレベル。しかも離婚届を子供の前に晒すとか、告白タイムとか、何でもありかと辟易しきりでした。

まるで時代劇に出てくる村の庄屋が、下足人に余興やらせていいたい放題言っているみたいですね。

まんま、金持ちの道楽という言葉がぴったりという感じです。

たけしやさんまは、そういう意味ではやはり芸人に徹しているという気がします。
夜中の時間帯だけは普通に笑えましたね。

紳介の司会テクニックは評価しますが、せいぜい2時間番組でいいでしょう。
局を代表するようなイベント番組は、やっぱり人格者が仕切らないと。
やりたいことだけやってればいい、楽しければなんでも、というのはちがうでしょ??

湯水の如く、などという慣用句がこの日本では未だによく使われる。

水などというものは、瑞穂の国ニッポンでは当たり前のようにわれわれの住むごく近くの所に存在し、干ばつなど特殊な時を除いて、手に入れることは比較的容易であった。

水の惑星といわれるこの地球上に存在する水の量は、約13憶8000万立方キロメートル。
一辺1キロの枡で、13億8000万杯分だ。
天文学的数字になるので、どうも迂生凡人には想像の範囲を超えるが、仮に地球上をすべて平らに均して、そこに水を湛えるとすると、厚さ2.7キロメートルの水の層ができるという。

しかし、その水のうち、97.5%は海水であり、飲用には用い得ない。
残り2.5%のうち、1.75%は極地などの氷であり、残った分から、地中奥深くに存在する手の届かない地下水などを差し引くと、人間が手にできる淡水は、せいぜい465万立方キロメートルなのだそうだ。

これが多いのか、少ないのか私にはわからないが、「水の惑星」と云われるこの星で、実際に人間たちが利用できる水は決して多くはないということだけはなんとなくわかる。

大陸に多く見られるような、砂漠地帯などでは、ほとんど雨は期待できず、アフリカ地方では清潔な水が確保できないために、数多くの子供たちが早々に死んでゆく。

その点、日本は恵まれている。
普段は生活するのに散々悪態をつくばかりの山だらけのこの急峻な地形のお陰で、適度に日本中で雨が降り、幾筋もの川が流れ、生命を脅かすほどの水飢饉が発生することはまずない。
毎年水不足と騒がれる地方でも、台風がひと雨降らせてくれればすぐに解消である。

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田母神俊雄・前航空幕僚長が、懸賞論文に独自の持論を展開して問題なっている。
といか、大騒ぎの沙汰だ。

私は、航空自衛隊という組織がどのような位置づけで、どのような扱いを受けているにかについて明るくない。だからこれから述べる事実については現実と乖離しているかもしれないが、個人のブログということで一つの考え方と勘弁してもらって、思いを述べたいと思う。

「日本は侵略国家ではなかった。自虐的な歴史認識が自衛隊としての組織の、そして個々の自衛官の士気を低下させている。憲法の改正も視野に入れ、もっと自衛隊の存在を明確にする必要がある」というのが論旨と聞いた。

私は、この内容についての是非は、必ずしも同意できない部分がある。

「日本は侵略国家ではなかった。」

侵略しない戦争行為がそもそも存在するのだろうか。先の太平洋戦争が自らの生存権をかけるための、ナチスドイツにおけるユダヤ人のような立場に日本はいたのだろうか。

欧米諸国が日本の国益を決定的に損なう決定を下し、大本営がそれに対し自衛的に宣戦布告を行った、という事情もあったろうが、それまでに日本の領土として占領していた朝鮮半島や満州国に対して、非人間的な行動をとった事実は、上記の理由で説明できるものであるのか。

私は朝日の肩を持つわけではない。ただ、事実は曲げずに認識しておくべきものと思うから、敢えて書く。

論文に書かれた内容が正しいのかは俄に判断できない。
ただ、「政府見解と違う趣旨の発言を行った」ということで、「臭いものに蓋をする」というばかりに更迭人事を行い、政局の維持に躍起になるということは、戦前戦中に日本軍政府が国民に対して行った「国体護持、国家総動員」と寸分も違(たが)わないのではないか、と感じてしまう。

確かに彼は国家における防衛幹部であり、立派な国家公務員である。そして組織のトップに立つ重責な役職であった。
だが、このことは裏を返せば、「国家の役職に就く人間は、決して日の丸のおっしゃることに逆らえない、おとなしく"YES"だけ言っていればいいのだよ」ということになる。

これが民主主義だろうか。
かれも公務員とはいえ、一人の国民である。納税もしていれば、労働もしている。
その人間が、自分の発言する機会すら与えられないというのは、何かが違う気がしないだろうか。

「思慮深き発言を」
今夜のニュースでコメンテータが発言していた。
「思慮深き発言」とはなんだろう。「触らぬ神に祟りなし」ということか。
それとも、「退職金をすべて御上にお返しします」とでも言えばよいか。

どんな民間企業でも、会社の考え方に異論を唱えたり、楯を突く人間がいる。
上の人間にしてみれば、こういう存在は実に煙たく、目の上のたんこぶのようだ。

だが、そんな人間がいなければ、組織なぞあっと言う間に腐ってしまう。
イエスマンばかりを自分の周りに置いて、楯突く奴は遠ざける。
そんな会社にまともな会社なんてない。
組織をいうのはそういうものだ。

誤解のないようにもう一度言うが、私は彼の発言した内容が正しかったということを言いたいのではない。
ただ、「政府見解を違ったことを発言したら速攻クビ」というのは、企業なら「不当解雇」も甚だしい内容じゃないだろうか。
たとえ、それがいくら要職にある人間の発言だとしても。

それに、「思慮深い発言」というものがどういうことをいうのか、例のコメンテータに是非とも訊いてみたいものだ。

本当に「思慮深い」対応をするのはむしろ政府の方で、この場合は、本人にまず事の真相を聞いて、その内容が政務執行に著しく障害となるのであれば、双方納得の上処分をすればいい。なにも民主党に「解散」を迫られているからと言って、焦って中途半端な対応を取らなくてもいいのだ。

失言報道で躍起になって、相も変わらず民主党は首相の任命責任を追及し、「やれやれ」というところだろうが、政府は「臭いものに蓋」なんて大人げない対応を取らずに、もっと地に足がついた対応を取ってくれるようにお願いしたいものだ。

自民党は総裁選でお忙しいご様子。

麻生さんは相変わらず若者に人気で、小池さんは何を聞かれてものらりくらり、
与謝野さんは財政のことしか話さず、石原さんは親父の名前が逆に仇になって、
石破さんは軍事のことにしか興味ないイメージ。

まあ、麻生さんで決まるんでしょうが、民主党も、自民党の議員でさえも、すでに総選挙をにらんで地元に挨拶回りに奔走しているとか。

選挙の時だけ地元に頭を下げて回り、地元の企業や自治体も癒着しまくって、
政治家たちも「国の将来」のことなんかより、「次の選挙」のことしか頭にない。

日本の体質が変わらないのは、結局この選挙体質が根本にあるのだ、いつの時代も。

地方の国民も、結局自分の生活のことしか頭にない。
やれ、交通が不便だとか、公共事業費が下りないから景気が悪いとか、医者が足りないとか。

いいですか、地方の皆さん。
国費というのは"国民の税金"です。
"一自治体の税金じゃない"のです。
国のお金を、どのように使うかは国民全体の問題なのです。

無駄な箱物や事務所費の問題やら、カラ出張やらで国を批判するのであれば、
まず地元にお金を落としてくれそうな政治家を当選させることをやめなさい。
それこそ私腹を肥やすに等しい行為。

大多数の国会議員が地方選出であるこの日本で、まずこの体質改善を行うことが、
政治不信を招く根本原因を取り除く大きな宿題です。

新しい政府は誰が頭になるのか知りませんが、
それくらいのこと、言ってごらんよ。
ソーリ大臣。

「オタク」という言葉は、なんでも世界で通用するらしい。

はたして、日本人ですら、「オタク」という言葉の正確な意味を把握していないのに、外国人はこの言葉をどのように理解するのだろう。

秋葉原を紹介する記事や特集では、必ずと言っていいほど
「オタク文化発祥の地」
なんていう枕詞がつく。

「オタク文化」
ははぁ。おかしいんじゃないの、この国は。

駅前ではメイドの格好をしたコスプレギャルがイベントを行い、いい歳したオッサンがリュックしょって一眼デジで写真を撮りまくってる。
あたりにはおよそ現実離れしたアニメキャラクターのショップが軒を連ね、連日大盛況。

どっからどう見たって、この国はヘンだ、と思う。

これの超常現象を、日本人は「オタク」と表現するのかもしれないが、あんなもの文化でも何でもない。
ただの「風俗」だ。

ハッキリ言って、リアルな人間とコミュニケーションとることが苦手で、今まで自宅に引きこもってゲームやアニメに入り浸っていた連中が、秋葉原という一種の治外法権的な場所で市民権を得たから、あれだけ集まっているに過ぎず、それで「文化」とはお門違いもいいところ。

文化というのは脈々とその民族に受け継がれ、長い時間をかけて自然と息づいてゆくものだ。
こんなものと一緒にされては、他の「文化」が可哀そうというものだ。

世の中に、「不思議だ」って思うことって、実はそんなに多くない。

たとえば、UFO。
偽造の写真やら、ねつ造された目撃談やら、或いは誘拐されただの云々。
なんとまあ、いつもきまって同じ人の所にUFOが現れてくれるものだと呆れてしまうことしきり。

最近、主に東北地方で地震が頻発しているけれど、予知に成功していたという話もあるそうな。

日本の科学技術力と優秀な頭脳を結集しても失敗続きの地震予知を、アマチュア地震研究家が予知していたそうな。

もし、本当ならとてもうれしいことであるが、今日の話題はそっちの「フシギ話」ではないところで。

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秋葉原の事件以降、愉快犯による脅迫電話事件の発生やナイフによる殺傷事件が相次いでいる。何とも悩ましい事態だ。

捕まった犯人たち。
彼らが取調べで自供する動機は、主に次のようなものが多い。

「むしゃくしゃしてやった」
「誰でもよかった」
「世間に自分の存在を分からせたかった」

推理小説などを読むと、本の中で演じる犯人が犯行に及ぶ動機は、もっと重いものが多い。

それらは「身内や恋人を殺された復讐」であったり、或いは「自分の身分や地位を守るため」であったり、「カネのため」だったり。

中にはとても身勝手な動機を持つものもいる。
まあ、そもそもそれらの多くは架空の世界の話なのだけれども。

しかし、最近のテレビをにぎわす凶悪事件は、加害者と被害者の間に接点がない場合がほとんどだ。秋葉原の事件はその象徴的なものということになるかもしれない。

多くの犯罪者の犯行動機を聞くと、とても稚拙なものに聞こえる。
おそらく多くの国民も同じ感想を抱いているのではないだろうか。

だが。
彼らの口から語られる動機について、本当に「稚拙」で片づけて、「犯罪の取り締まりを強化する」ということだけで解決するものなのだろうか。

最近では、池田小事件の宅間守のように、自殺願望の強い人間が、死刑になる目的で犯行に及んだことは記憶に新しい。

自殺願望。
死刑目的の無差別殺人。
自殺願望からなぜ無差別殺人に結び付くのか。

人は心に闇を持っているという。
そりゃあ誰にもあるだろう。本当は悩みを誰かと共有することを望んでいるにも関わらず、嘲笑や冷笑されることを恐れ滅多なことでは悩みを打ち明けない。
そして人は孤独を感じ、心を閉ざしてゆく。

悲しいことである。

しかし、彼らの自供の内容を見ていると、実は彼らが心を閉ざす理由の一つに、
「相手に心を伝える方法が分からないのではないだろうか」
という疑問が湧くことがある。

悩み苦しみ、愛されたという実感をもったことのない人間が、自分の悩みを他人に打ち明ける術を知らない。
これが鬱積して陰惨な犯行にエスカレートしているのではないだろうか。
そんなことを、最近思う。

悩みを他人と共有する。
これは実に難しいことだ。
まず相手のことが信用できる人間でなければ、自分の心の中の醜い部分など打ち明けることなどできないし、結果孤独になってますます自分の心の殻に閉じこもり、悩みを自己完結してしまうようになる。

私は思う。
日本人の学力低下、凶悪犯罪の稚拙化と犯罪者の低年齢化。
これらは密接に関わっているような気がする。

日本は、世界的に見ても治安の特別いい国だ。
国民はその大多数がボケるほど平和というものが当たり前だと思っていて、民族や人種、宗教間の対立なども皆無と言っていい。
それは「国民性」とひと括りで語れば簡単だが、実は古くから日本人は実に巧みに他人同士のコミュニケーションをとってきた。

頑張ろうと思っている人間がいれば、「思いやり」の心をもって「励まし」、辛いと思っている人間がいれば、「思いやり」の心をもって「慰め」、疲れたと思っている人間がいれば、「思いやり」の心を持って「癒す」。

「思いやり」。

日本語には実に多彩な表現方法がある。
欧米のように「Yes」or「No」で自己主張するばかりではなく、言葉を受け取った相手の気持ちを考えて言葉を発する文化があった。
「こんなことを言えば、相手はどう思うだろう」
「こんなことを言えば、相手は傷つくだろうか」
「こんなことを言えば、相手が喜ぶだろうか」

そんなことを考えて、時と場合で言葉を選べるほど、日本の言葉は実に懐が深い。

「薔薇は薔薇の悲しみのため花となり、蒼き枝葉の陰に悩める」

昨今の犯罪加害者の供述を聞く限り、恐らく自分の言葉を誰かに伝えることができなかった、共有することができなかった、ということが直接の犯行動機になっているとしか思えないのだ。

人は人に相手にされなければひねくれたくもなり、どんどん孤独になる。
日本の国語教育は、本当に自分の気持ちや信念を、相手に伝える術を教えられているだろうか。

有名な作家の随筆や小説を教科書に載せ、テストでは文章の一部分を切り取って、その時の著者の気持ちを4択で選ばせる。
しかし、誰も著者の気持ちなど、わかりっこないのだ。
それは著者に対する無礼千万な行為だと、私は小学校の時に強く感じた。

外国の言葉を簡単にカタカナにして自分の国の言語に取り込み、独特のリズムでわずか五七五の17文字ですべてを表現してしまう、この国の言葉。
これは日本の財産であったはずだ。

私もこうやって今、ブログを書いているが、自分の国の言葉で、自分の気持ちを素直に表現できるということは素晴らしい。
素晴らしい、この国の言葉を使って。

今、教育に必要なのは、この国のコトバの見直しと、尊敬の念なのかもしれないと、テレビを見ながらふと思った。

皆さんは、鍋立山という地名を知っているだろうか。

鍋立山とは、新潟県十日町市に位置する低い山なのであるが、その山を貫くように、全長9,117メートルの鉄道用トンネルが掘られている。

以下にwikipediaの一節を引用しよう。

鍋立山トンネル


日本有数の地すべり地帯に存在する特殊な膨張性地山を貫くトンネルであり、地圧は異常に高く地質は脆く、しかもたびたびメタンガスが噴出するという過酷な状況であった。特に中工区はそうした地層が複雑に入り組んでおり、中には1㎥あたり21tもの土砂が詰まっている様な場所も存在するという、これはトンネル技術者にとってもとんでもない山であり、「豆腐の山にトンネルを通す様なもの」とさえ喩えられた。

「豆腐の山にトンネルを通すようなもの」。
如何にこの工事が難しいものであったか、充分に窺い知ることが出来る。

鍋立山トンネルの工事は、途中の休工期間を含めると実に開通までに21年を要している。
現在、北越急行ほくほく線がこのトンネルを走っており、その時速は最高140キロ。
国内狭軌鉄道では最高速の運行となっている。

長大トンネルは国内にもいくつかあり、その代表と言えば青函トンネルが有名だ。
全長は50キロを越える。
言うまでもなく、青森と北海道の間、津軽海峡を海底トンネルで結ぶという壮大なものだ。
青函トンネルが存在する前、青森と北海道の間には青函連絡船という国鉄の船が就航していた。
昭和29年、通称洞爺丸台風と言われる猛烈な台風により、北海道函館港を出港してすぐのところで運行が不可能になり、投錨するも猛烈な波と風により走錨するに至り、やがては座礁したまま横波を船体にまともに受け、転覆した。

この事故での死者は記録に残っているだけで1139人。
当時、タイタニック号に次ぐ、世界第2位の犠牲者を出す、未曾有の大惨事だった。

青函トンネルは、この事故を受けて計画、着工されるに至る。

青函トンネルの工事は難工事として知られる。
出水や落盤で多くの犠牲者を出した。

一方、新潟県の鍋立山トンネルは、規模でこそ青函トンネルに遠く及ばないが、その難工事ぶりは世界的にも有名だという。
以下のページを参照して欲しい。

鍋立山トンネル-請負稼業と日本の近代-

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秋葉原での通り魔事件。
人通りの絶えない、混雑する秋葉原で、とんでもない事件が起きた。

ついこの前、秋葉原に行っていたので、非常に驚いたけれど、
何人も死に至らしめたナイフの購入が、私の住む福井市のショッピングセンターだったと知って二度吃驚した。

ここ数年、秋葉原の街は大きな変貌を遂げた。
10年ほど前までは、パーツショップやPCショップが街の主役だったが、駅前の再開発に伴う高層ビルの出現、つくばエクスプレスの開業、そしてメイド、アニメオタクの街へとその姿を大きく変えた。

明らかに海外からの旅行者の数は増え、「オタク」は既に外国でも通用する言葉になった。
以前はパーツを購入するなど、秋葉原でしか売っていない物を目当てに訪問する人が多かったが、いまや東京の名所として、観光コースになっているくらいだ。

凶行に及んだ犯人は、そんな秋葉原を犯行の現場に選んだわけだが、この騒然とした現場で、偶然居合わせた産婦人科のお医者さんが、必死に救命措置を行っていたと、朝のニュースで知った。

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Chabo Papa Profile


1975年7月東京でデビュー。小学校の頃から一人で放浪する癖があり、電車を子供料金で乗り継いでは運転士さんと知り合いになったりしていた過去を持つ。写真家を目指したり、音楽の道に入り込んだり、挙げ句の果てにはIT業界に浸食して道を誤り、今は30年住み慣れた東京を離れ、福井で生活している変わり者。ちなみに今でも乗り物好きのデジタルアイテム好き犬好き旅好きの自称ITエンジニア。

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