自分のルーツの最近のブログ記事

幸いにして、翌日は爽やかに晴れ渡った。

早速目的の寺院に向かう。

寺には数多くの墓標があり、古い物や最近建てたと思われる新しい物、大きい物から小ぶりの物まで所狭しと並んでいた。

いくつか眺めてみたが、ちょっとこの中から見つけるのはしんどそうだ。

私は寺のご住職に挨拶して、お墓の場所を教えてもらった。
電話でお話をさせていただいた時と同じく、とても親切で、矍鑠とした方だった。

墓は本堂の裏手にあった。
ちょうど半年ほど前に建て直したばかりで、まだピカピカだった。
そして、墓の脇にある墓誌に刻まれる名前を目で辿った。

そこには曾祖父の「柳吉」の名前はなく、
長男の金吉氏とその奥様、そしてその娘と婿の名前、そして、柳吉の妻の名前が刻んであった。

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数週間後、私はハンドルを握り、北陸自動車道を北上していた。
目指す目的地は栃木県宇都宮。
宇都宮は言わずと知れた餃子の名産地だ。
消費量も日本でダントツと聞く。
実は、このことも宇都宮行きを決心させた隠れたもう一つの理由であったのは正直なところ。

もっとも、東京からなら東北自動車道を2時間も走れば、すぐ着いてしまう距離だが、北陸からとなると交通の便が本当にない。
まず、鉄道は直通している線路がない。無理してでも鉄道で行こうとすれば、東京まで一旦新幹線で出て、そこから東北新幹線に乗り換えるか、北陸線を長岡まで遡上し、上越新幹線を大宮で東北新幹線に乗り継ぐ、なんという、とんでもなく遠回りをしなければ辿り着けない。

当然、栃木県に向かう航空路線はないし、高速バスも首都圏からなら便もあるが、北陸からは名古屋、大阪、東京行きしか出ていない。

ほとほと、北陸というのは交通の便という意味では昭和に置き去られた遺物のように感じさせられる。

現地での移動も考えると、やはり自家用車で素直に向かった方がいいという判断で、宇都宮行きを決めた。
決めたはいいものの、地図を広げると、思わず眉を顰めたくなるようなルートであることが分かった。

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私の思考は、ここで留まることを選ばなかった。

栃木の山村の中で暮らし、孤独を感じながら男手一つで子供達を育て、暮らしていた情景。
80年近くの時間が経過した今、この日本の中で、恐らく曾孫に当たる私に自分の生い立ちを想像されているなど、曾祖父本人は生前想像だにしなかったに違いない。

そしておそらく、彼自身に感情移入などしている人物は、この地球上に私たった一人なのだ。
考え方を変えれば、随分滑稽な話であるが。

そして、私の思考が行き着いた先は、彼の"最後の痕跡"を探し当てることだった。
つまり、彼の墓標探しである。

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さて、こんな時に頼りになるのは、何を隠そう戸籍謄本だ。
近代日本には戸籍法という法律に基づき、全ての人間は必ず戸籍を持たなければならない。

「んなこたあ、しっとるわい」と言われそうだが、既に戦前のことを知る人間が少なくなってきている現代では、静かに保管されている(と思われる)戸籍謄本は、偽りのない"生き証人"であってくれる。

しかし、曾祖父の名前も居所も分からなければ、謄本の申請のしようがない。
なので、私はまず祖父の戸籍謄本を取り寄せた。

祖父は私の実家で亡くなったので、当然私の実家の住所で戸籍を市役所から取り寄せれば、祖父の謄本は取得できる。亡くなっているので、正しくは「除籍謄本」になるのだが。
その結果、祖父の父(私にとっての曾祖父)は、名前を「柳吉」といい、栃木県の宇都宮市に居住していたらしいことが分かった。

私は、返す刀で宇都宮市に謄本申請をした。

結果・・・

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私が小学1年の頃、祖父が亡くなった。
祖母は私が高校生の頃に亡くなった。

祖父は、私が物心つく頃、にはもうかなり弱っていて、まともに会話をしたこともなかったように思う。
若い頃、何処に勤めていたかも、何処で生まれ育ったかも、血液型も誕生日も知らないままだった。
よく養命酒を飲んでいた姿だけは何となく覚えているが、記憶と言ってもそれくらいしかない。

祖母は、それから私の両親と一緒にしばらく暮らした。
計算すると、祖父が逝ってから10年は存命だったことになる。
だが、その10年のうち、後半の半分以上は病院暮らしだった。

私がまだ小学校に通っていた頃は、休みの日によく西荻窪の西友まで買い物に付き合い、帰りに甘い物を奢って貰ったこともあったし、よく「おばあちゃん子」だと言われたものだったが、それも長くは続かずに、やがて狭心症の発作を度々起こすようになり、救急車を呼んでは入退院を繰り返した。

私が生まれたのは、父が42歳の時だそうだから、世間一般と比べると相対的に祖父母と死に別れるのは早かった方かも知れない。
今から考えてみると、祖父母と、その昔の話をした記憶が殆どない。
私も若かったし、昔の話などあまり興味がなかったから、別に気にも留めなかった。

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Chabo Papa Profile


1975年7月東京でデビュー。小学校の頃から一人で放浪する癖があり、電車を子供料金で乗り継いでは運転士さんと知り合いになったりしていた過去を持つ。写真家を目指したり、音楽の道に入り込んだり、挙げ句の果てにはIT業界に浸食して道を誤り、今は30年住み慣れた東京を離れ、福井で生活している変わり者。ちなみに今でも乗り物好きのデジタルアイテム好き犬好き旅好きの自称ITエンジニア。

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