私の思考は、ここで留まることを選ばなかった。
栃木の山村の中で暮らし、孤独を感じながら男手一つで子供達を育て、暮らしていた情景。
80年近くの時間が経過した今、この日本の中で、恐らく曾孫に当たる私に自分の生い立ちを想像されているなど、曾祖父本人は生前想像だにしなかったに違いない。
そしておそらく、彼自身に感情移入などしている人物は、この地球上に私たった一人なのだ。
考え方を変えれば、随分滑稽な話であるが。
そして、私の思考が行き着いた先は、彼の"最後の痕跡"を探し当てることだった。
つまり、彼の墓標探しである。
宇都宮に分家していることから、本家の墓に入っているとは考えにくい。
恐らく、曾祖母が亡くなった時点で、本家の墓に入ることを曾祖父は望まなかったか、許されなかったかのどちらかであると予想した。
つまり、曾祖父本人が転居先の宇都宮周辺に、若くして亡くなった曾祖母の墓を建て、供養したに違いないのだ。
但し、いくら戸籍謄本が残っているとしても、墓の場所までは教えてはくれない。
他人の記憶に、約80年前に亡くなった人の所以を求めるのはナンセンスだ。
そこで私が取った行動は・・・
宇都宮周辺の寺に聞き込みを行うことだった。
交通も発達していない時代、墓があるとするのであれば、恐らくそう遠くないところに供養されているはずである。
幸いなことに、地図を見ると宇都宮周辺にはかなりの数の寺が存在している。
その中の一つの寺に電話を入れてみた。
勿論、この時点では、地図上にある寺という寺に、片っ端から聞き込みを行うつもりだった。
「もしもし、私は○○と申します。突然申し訳ありません。実は先祖の墓を探していまして、そちらのお寺に「○○家」が檀家になっていませんでしょうか」
電話に出たのは、寺の住職の奥様だったようだ。
「はいはい、○○さんね。タツオさんのところですね」
??
タツオさんという名前は初めて耳にする。この辺りは同じ姓が多く住むところだから、別の家だろうか。
「えっと、あの、タツオさんという名前はちょっと分からないのですが、柳吉という人が、そのお墓に入っていませんでしょうか。昭和6年に亡くなっているのですが。」
「あ~、ちょっと住職に代わりますね」
しばらく待たされて、ご住職が電話に出られた。
「はいはい、代わりました。○○さんね。金吉さんのですね。」
!!
「金吉」という名前には心当たりがあった。曾祖父である柳吉の長男の名前が確か「金吉」である。謄本にも記載があった。
私は一気に高ぶる気持ちを抑えて、たたみ掛けるように訊いた。
「ええ、あの、金吉さんのお父様の柳吉という人もそちらに供養されていないでしょうか。」
「え~、ちょっと待ってください。過去帳を持ってきますから。」
親切にも過去帳を引っ張り出して確認していただいた。
「あ~、ありました。○○柳吉さん。昭和6年に69歳で亡くなっておりますね。」
ビンゴだった。
なんと1件目のお寺で、曾祖父の墓標のある寺を突き止めてしまった。
単なる偶然か、それとも見えない力が働いたか。
この時ほどなにか神秘的な力を感じたことはなかった。
ご住職に丁重にお礼を申し上げ、受話器を置いたが、しばらく出来すぎた偶然に興奮が収まらなかった。
ほんの数週間前まで、名前も住んでいた場所も知らなかった曾祖父の、お墓の場所まで分かってしまった。
こんなことって、本当にあるのだろうか。
そして、不思議な感覚とともに、何かこのままで終わってしまってはいけないのではないか、と感じ始めていた。
「曾祖父の眠る地に、行ってみたい」
密かにそんな感情が芽生えだした。
~つづく~